大阪市には、戦争遺跡及び軍事墓地があります。
ここでは、大阪市の戦争遺跡及び軍事墓地についてご紹介します。
大阪砲兵工廠・大阪市の軍事遺跡
大阪市の軍事遺跡としては、大阪砲兵工廠があります。
大阪砲兵工廠は、大日本帝国陸軍の大阪市にあった兵器工廠です。
太平洋戦争が終わるまで、大口径の火砲をメインに兵器を造っていたアジアで最大クラスの軍事工場でした。
また、日本においては戦前、戦中に重工業の分野では最高クラスの設備や技術を持っていたので、民間や官公庁の要望に対応して兵器以外のいろいろな金属製品も造っていました。
大阪陸軍造兵廠が最終の名称です。
旧日本兵が眠る旧真田山陸軍墓地大阪市の軍事墓地
大阪市にある旧真田山陸軍墓地は、軍事墓地として日本で初めて明治4年に設けられたものです。
陸軍の創設期に亡くなった兵士など、西南戦争、日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦で亡くなった軍関係者・軍人、病気で亡くなった人など、日本の国民の財産と生命を守るために殉じた人を埋葬しています。
旧真田山陸軍墓地には、8,000超の納骨堂、5,000超の墓石などがあり、日本でも最大クラスの軍事墓地になっています。
旧真田山陸軍墓地は、Osaka Metroの長堀鶴見緑地線の玉造駅から徒歩で南西に約5分、JRの大阪環状線の玉造駅から徒歩で西に約5分のところにあります。
「旧軍用墓地の処理に関する件」(大蔵次官・内務次官通知)によって「旧軍用墓地は都道府県又は地元市町村に無償貸付するものとする」とされていて、維持管理や祭祀は、「地方の実情に応じ市町村、宗教団体、遺族会等において行うものとする」と定められています。
また、大阪市と国は「国有財産無償貸付契約」を結んで、大阪市が昭和21年8月から旧真田山陸軍墓地の除草、掃除、緊急修繕などを行っています。
なお、旧真田山陸軍墓地の祭祀や維持管理などを行うための団体が昭和22年に設けられ、現在は「公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会」として、「旧真田山陸軍墓地に関する確認書」を大阪市と取り交わして、掃除、除草などの施設や環境の維持活動、崩壊のリスクがある墓碑の修復、当墓地を見学する人などの案内、啓発、普及活動も行うなどしています。
なお、大阪市では、市長が平成30年11月8日に内閣官房を訪れて、内閣官房長官に旧真田山陸軍墓地の行政目的の確立、国の責務の明確化、計画的な維持保全の実施、国・本市・民間団体との役割分担及び財政支援についての要望書を提出しました。
まとめ
大阪市には、戦争遺跡及び軍事墓地があります。
戦争遺跡としては、大日本帝国陸軍の兵器工廠の大阪砲兵工廠があります。
ぜひ一度訪れてみてください。